プログラミング教育
わが子が小学1年生の頃だったでしょうか、近所に住む一つ年上の友だちK君が誕生日プレゼントをくれました。それは割りばしとセロテープで作った飛行機でした。小学校低学年の子どもが作ったものです。飛行機の形を模してはいますが、精密に作られたものではありませんし、飛ぶわけでもありません。お世辞にも格好良いという代物ではありませんが、一生懸命に苦心しながら作ったことがわかる飛行機でした。もらった本人も大喜びでしたが、親である私たちも深く感動しました。お金はかかっていませんが、見るほどに創意工夫に富んでいて、何よりも心を感じるプレゼントでした。その子との遊びの素材となるものは、屋内外を問わずあらゆるものでした。特に生き物が大好きで、知識も豊富で大人顔負けです。そんな彼の近況を聞いてみると、大学を卒業後も研究室に残り、研究者としての道を歩み始めたとのこと。「なるほど彼ならば…」納得させられました。
子どもは遊びの天才です。塾の授業の合間なども、ものさしと消しゴムを使ったゲームに興じている子、シャープペンシルの先をコマにして遊んでいる子、紙と鉛筆で何やらゲームをやっている子、クイズを考えて出し合っている子などを見るにつけ、その創造力の豊かさに感心させられてしまいます。一方学校の宿題を片づけたり、小テストの勉強をしている生徒もいたりしてさまざまです。でも、休憩時間が終わればまた授業に集中!
そんな休憩のひと時の風景にも、近年はちょっとした異変が見られます。スマホや携帯音楽プレーヤーをいじっている姿です。さすがに小学生では見かけませんが、中学生で目立つようになりました。高校生の方が節度を持って付き合っているように感じます。何気なく生徒がメールを書いたり何かを検索する様子を眺めていると、打ち込むスピードの何と速いこと!そこまで熟達するには毎日どれほどの時間触れているのだろうと案じてしまいます。ネットにつないでのゲーム、友だちとのメール(ライン)、カメラ、音楽プレーヤー…。あらゆる機能があり、おもしろそうなアプリもたくさんあふれています。
「無限のおもちゃ」ともいえるこの文明の利器。すでに社会人となったある卒業生がいみじくも言いました。「自分たちの時代も携帯電話はあったけど、スマホじゃなくて良かった。あんなおもしろいものがあったら、いくら時間があっても足りませんよ。」その魅力をよく知っている若者ならではの台詞です。無制限に付き合えば、「ネット依存」といわれるような中毒症状におちいる可能性もあります。スマートな(賢い)ツールであるわけですから、目的や使い方、場所をわきまえれば、忙しい現代人の生活をより快適で豊かなものにしてくれる相棒になるでしょう。
ただ、これまで人間が自ら考えることで獲得してきた能力が、どんどん退化していくようにも感じます。たとえばどこかに出かける場合、スマホで検索すれば、最寄り駅の直近の何時の電車に乗り、どこで乗り換え、何時に到着し、いくら運賃がかかるのか瞬時にわかります。とても便利ですね。しかし、自分の頭の中で地図や電車の路線図を想像し、時間やコストの条件も含め取捨選択して行き方を決定するというプロセスが不要になりますから、その能力は人から失われていくことになるでしょう。分厚い時刻表を書店で買って調べ、旅行の計画を立てるなどという「煩わしい」楽しみもなくなってしまうのかもしれません。また英語の学習などで電子辞書やオンライン辞書を使うような場合でも、従来の印刷された紙の辞書での煩わしさ」ゆえに調べた単語を大切に自分のものにしようとした面が失われるかもしれません。紙の辞書をしっかりと使いこなせるようになっていなければ、電子辞書も本当の意味では使いこなせないでしょう。
デジタル機器は情報や知識を素早く得るにはとても便利ですが、リアリティをどこまで得られるかが課題です。授業の中で登場する植物や昆虫についてネット上で検索すればすぐに画像が出てきます。たとえば、十五夜に飾られる「すすき」の画像を見れば、その色形はわかるように思われます。しかし、毛が生えて穂全体が白っぽくなってふわふわとなる感じや、さわった瞬間の空気感、季節感は、実際に野で折り取って手にとってみないとわかりません。葉に触れて手に切り傷を負い、身を持って痛い思いをしたことのある私たちは、すすきの草むらに分け入ろうとすれば無意識のうちに用心します。実際に体験して五感で感じたことは、身体全体に記憶されているように思われます。
それでも世の中のデジタル化、コンピューター化は日進月歩です。18世紀後半に蒸気機関の発明がもたらした第1次産業革命、20世紀初頭の電力活用による第2次産業革命、1980年代以降のコンピューターなど情報産業分野での第3次産業革命に続き、現在はリアル空間とサイバー空間との連携による第4次産業革命の時代に突入しつつあるといわれています。IoT(Internet of Thingsモノのインターネット)社会では、ありとあらゆるものがインターネットに接続され、ビジネスの形が大きく変化することが予想されます。経済産業省は、現状のままでは簡単な仕事が人工知能(AI)やロボットにより自動化され、2030年の雇用は735万人減ると試算しています。雇用減を最小限にとどめるには、逆にこれらの成長分野に注力することで、新たな雇用を生み出すことが不可欠だとしています。このような流れの中4月に開かれた産業競争力会議で安倍首相は、日本の若者が第4次産業革命の時代を生き抜くため、初等、中等教育からコンピューターのプログラミング教育を必修化することを明言。そして5月、文部科学省はプログラミング教育を2020年から小学校で実施するのを手始めに、2021年に中学校、2022年に高校で順次必修化することを決定しました。
お決まりのプログラミング手順を教えるだけの授業ではなく、アイデアを組み合わせ、論理を積み重ねる面白さを感じられるような、刺激的なカリキュラムにしてほしいものです。しかし一方で、机上の知識だけではなく、子どもたちの実体験を増やし、物事の多面的な見方やリアリティのある想像力、豊かな創造力を育てることも忘れてはなりません。