沖田学習ゼミナーの教育コラム『おんざうぇい』

  • おんざうぇい2018年12月


  • 2018.12.02

  • 2018モミジ

    お使いのすすめ

    「今日は何か面白いことがありましたか?」「今日の学校の給食は何でしたか?」授業の始まりに他愛もない質問を生徒に投げかけることがあります。生徒たちは喜々として答えてくれます。工作で作ったもののこと、楽しかったこと、クラスメートの問題行動、給食で嫌いな食べ物が出たこと…etc. そんなちょっとした会話でも子どもたちの学校生活を垣間見ることができます。そして生徒との間で言葉のキャッチボールを楽しむ中で、勉強につながることや知的好奇心をくすぐれるような話題を見つける場合もあります。また、「こんなことはまだ分からないかな…」と思うこともあります。

    授業を進める中で痛感することが一つあります。子どもたちの生活体験がとぼしくなってきているということです。学習内容を、生活の中の事象を例にあげて説明しようとするとき、何のことだか分からないというケースがだんだんと増えているように感じるのです。日常生活における大人と子どもの役割分担は、いつの時代もあるわけですが、かつては家族の共同作業や手伝わなければならないことがもっとたくさんありました。不便なこともたくさんありましたから、子どもなりに工夫することも少なくありませんでした。しかし、時代の流れとともに社会資本が充実し、文明の利器が登場して便利な世の中になるにしたがって、子どもたちが手伝えることも限られてきました。子どもたちの遊びも、かつては屋外に出て集団で遊んでいたものが、いつの間にかテレビゲームが一番の遊び相手になり、最近ではネットでつながった顔を知らない相手とのオンラインゲームに熱中している小中学生も少なくないといいます。グローバル人材育成の必要性が叫ばれる中、子どもたちはどんどんバーチャルな世界へ入り込み、社会的体験が貧困になっているというのは皮肉なことです。

    小学校で学習する内容というのは、日々の生活の中で見たり聞いたり体験してきたことを、どうしてそうなるのかを考えながら理解していく面が大きいといわれます。実体験が学習に先行せず学習が先行する場合でも、そこから習ったことを生活の中で活かしたり、興味を持って社会に目を向けるようにするなど、連動して教養を高めていくべきです。しかし、具体的なものを抽象化して自分のものにしようとしたとき、具体的な体験がなければ想像できず、考える手立てはありません。

    先日ある生徒にたずねました。「家で何かお手伝いしてる?」「洗濯物を干したり、お使いに行ったりしてるよ」 どんなお手伝いでも工夫が必要だったりおもしろい面がありそうですが、お使いに行くというのは格別に楽しいことではないでしょうか。私なども妻に頼まれて(指令が出て)スーパーに買い物に出かけることがあるのですが、それは一種の冒険でもあります。たとえば、カレーを作るとしますと、まずカレーのルーの購入から始まりますが、材料として何をどれくらいの分量必要かパッケージを見て考えます。もちろんちょうど良い分量とはいかず、必要分以上買えばよいわけですが、じゃがいもはメークインと男爵芋のどちらを買うべきかでまず迷います。袋詰めしたものもあれば、ばら売りもあります。「こちらの方が安くつきそうだ!」と決定するにもちょっとした算数が必要です。野菜などは季節によって価格が違っていたり、干ばつや長雨など気候によって価格が変動していることも感じます。新鮮そうなものとしなびたものを見分ける必要もあります。そして用もないのに魚売り場につい立ち寄り、めずらしい魚があれば「何て名前の魚なの?」、「どうやって料理して食べるの?」などと店員さんにたずねて油を売ってしまいます(笑)。肉売り場に行くと、肉の種類で値段が違うことを知ります。また「外国産と国内産でこんなにも違うのか」、「こんな遠くの国から輸入されているんだ」と社会科の知識に加えます。そしてレジにたどり着いて、「総額○○円だろう」と予想し、一人クイズを楽しみます。家に持ち帰って自分で料理するとなると、さらにこの冒険は続きます。はてさて「具材はどれくらいの大きさに切ろうか」、「どんな手順で作るのだろう」、「灰汁はどうやって取るのだろう」、「焦げ付かないように加熱するには…そういえば理科で『もののあたたまり方』を習ってたんだ」などと、さまざまな知識も総動員して、これを食べる家族の顔を思い浮かべながら作るわけです。世のお母さん方の頭には、そんなことは当たり前のようにインプットされていて、当たり前のようにいつも自分たち家族のために作ってくれているということに、あらためて気付き、感動し、感謝してしまうわけです。

    自ら体験する中で苦労したこと、失敗したこと、成功にこぎつけたことは、すべて財産になります。それが学習することにつながって、自分のものとして消化できるとき、本当の意味での学力、つまり『生きる力』が身についていくのではないかと考えます。ある小学校の校長先生の言葉を思い出します。「子どもさんが何かをやろうとするとき、お父さん、お母さんは、失敗しないようにと先回りして、何でもかんでもやってあげるようなことはやめてください。子どもさんが学ぶ機会を奪っているようなものです。」 子どもたちには自ら学ぶ力があります。私たち大人の仕事は、子どもたちがチャレンジできる環境を整えるだけのことかもしれません。

    神野瀬


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