鞆港

デジタル教科書

文部科学省の諮問機関である中央教育審議会では、小中学校の教科書の形態として「デジタル教科書」を正式な教科書とする方向性を固めました。

現在認められている教科書は紙の教科書だけです。それを ①「デジタル教科書のみ」、②「デジタルと紙の教科書(ハイブリッド)」、③「紙の教科書のみ」の3種類の教科書を認め、教育委員会の単位で選ぶことになるようです。2030年度から授業で使われる見通しです。

デジタル技術を活用した新しい教科書の登場により、子どもの特性に合わせた学びができるようになることが期待されています。デジタル技術でできることとして具体的には以下のようなことがあげられています。

・文字の拡大 ・音声の読み上げ ・ルビ振り ・英単語を音と映像で表現する ・プログラミングを実際に打ち込んで簡単な動作を見せる ・算数や数学で図形をアニメーションで動かす ・紙の教科書では見開きごとに表示する内容をスライド形式で順に表示する ・理科の実験の様子を動画で見せる・・・等々

ポニョ

現在のデジタル教科書は、基本的に紙の教科書の内容をそのままタブレット端末で読めるようにしたものですが、令和元年に始まった「GIGAスクール構想」により、小中学校の児童・生徒に一人一台のタブレットが拡充し、新型コロナウィルス禍もありデジタル教科書の活用が進みました。その中で、英語の発音や数学の図形の指導でのデジタル技術の効果が指摘されてきました。

新しいデジタル教科書には、さらに便利で子どもたちの理解に一層役立つ要素がたくさん盛り込まれることが期待されているわけですが、一方で心配な点も多々あるように思われます。わが塾の近隣のある中学校では、数年前から補助教材として生徒にあたえられる副教材(ワーク)を 一部の教科でなくしました。試験前に勉強したいときは、タブレットにある演習問題を解いて復習するようにとの指導でした。ところが、その学校の生徒たちにたずねてみると、そのデジタルの問題を解いて勉強している生徒はほとんどいません。その他の学校では相変わらず、紙のワーク(副教材)の試験範囲のページを指定して学習させ、その上で試験日までに提出させていました。

さて、学力がついたのはどちらだったでしょう? いうまでもありませんが、従来の紙のワークです。問題を一度解いて答えを書きこんだ生徒は、答えの部分を隠し何度も反復して仕上げていました。タブレット上では一度解けても、わかった気になるだけで、いざアウトプットしようとしても難しい面があるのかもしれません。結局この学校では、父兄の要望により数年後に紙のワークを復活させました。

またある高校の数学では、タブレットに配信された問題をやっておくように指示されるだけで、やったかどうかのチェックが行われず、基本基礎の演習・定着がままならない状況であるというようなケースも見受けます。

確かにデジタル技術は非常に便利です。例えば前述のような数学での図形の学習においては、デジタルならではのメリットを生かせる独壇場でしょう。図形の変形や立体の把握では、デジタルアニメーションで表現すれば、生徒の理解を容易に図れると思われます。

しかしながら、受け取る側の生徒は、従来のように教科書や先生の言葉や表現から想像力を働かせて理解するというプロセスが不要になっていきます。学習という営みは、自分の頭で考え咀嚼することで、自分のものとしてしっかりと理解していくものです。デジタル教科書には、映像の解説やリンクを簡単につけることができ、脳にビジュアル的に直接うったえかけます。その解説を利用すれば教師の板書なども必要なくなってくるでしょう。教える側もデジタル技術に頼ることで、教え方の工夫が乏しくなるかもしれません。

従来の授業で教師が板書するにはそれなりの時間を要するわけですが、生徒たちは「先生は何を書こうとしているのだろう?」と興味や疑問を持ちながらその作業を眺めているものです。そもそも「教える」⇒「学ぶ」という行動は、両者が受動的でなく能動的な態度で一体となって行うべき作業です。「教える力」と「教わる力」の両方が退化することが懸念されます。一連の教育改革の背景には学校の先生方の「働き方改革」ということもあるのかもしれませんが、日々の実際の教育には、人でなければできないことが多いと考えられます。

鞆の街並み

さてICT教育先進国といわれる国々でのデジタルへの対応はどうなのでしょうか。スウェーデンでは2010年に一人1台のデジタル端末配布を始めましたが、数学や読解力の学力と運動能力が急低下したということで、2023年の法改正で紙の教科書配布を決めたそうです。

2022年のPISA(国際学習到達度調査)でトップだったシンガポールでは、中学校で2021年から1人1台のデジタル端末を導入しましたが、小学校では「非デジタル的学習体験を優先する」としてデジタル化に慎重です。

教育を柱とする人材育成に国家の命運をかけてきたといわれるフィンランドでは、1990年代から教育現場へデジタルを導入していきました。PISAでは、読解力2000年1位、数学的応用力2003年2位、科学的応用力2006年1位でしたが、2022年にはそれぞれ14位、20位、9位へと低下しました。約10年前からデジタル教科書やデジタル教材を多用してきたことに原因があるとして、現在では紙の教科書に戻しているそうです。教育のデジタル化によって、学力だけでなく、子どもの集中力が低下したり、短気になるといったことが問題化したといいます。

わが国でもあまり拙速にならないように、これらの海外の事例を参考にデジタル教科書の有効性や課題について十分に議論を尽くしたうえで導入の仕方を考えていくことが願われます。

勾玉