百日紅

私たちの食糧

学生時代、友人たちと北海道北部の礼文島を訪ねたときのことです。港にある食堂で何気なしに注文した焼魚定食で初めて口にする魚の美味しさに感動し、その魚の名前をたずねたところ、「ホッケ」だといいます。今でこそ日本全国どこのスーパーでも見られますが、当時はまだ流通システムが構築されていなかったためなのか、近海ものの魚が豊富だったためなのかは定かではありませんが、名前すら耳にすることがなかった存在で、それが私の人生初の「ホッケ」となったわけです。

時代が変わると食生活も大きく変わります。庶民の魚として代表格であるサンマは、2001年~2014年の平均水揚げ量が20万t以上あったのに、2015年以降激減し、2021年はわずか1万8千t。海水温の変化や、中国や台湾の漁獲量増加など様々な要因が考えられますが、7月中旬に初競りにかけられたサンマの店頭価格が祝儀相場とはいえ1匹1万円以上だったといいますから、驚くばかりです。異変はサンマだけでなく、サケやスルメイカも歴史的不漁が続いているのだそうです。

このような状況から期待されているのが「育てる漁業」です。特に養殖技術の革新により、クロマグロの完全養殖方法が確立されたり、フグやサーモンの陸上養殖が進められたりしています。水産物の安定供給のためには大変期待されるところですが、円安やロシアのウクライナ侵攻の影響により、餌代、資材代、重油代、輸送費などコスト上昇が、養殖業者の経営を圧迫していることは想像に難くありません。

また、遺伝子の一部を変え、品種改良をするゲノム編集の研究も進められています。筋肉の成長を抑える特定のDNAを切断して交配することで、肉厚の品種を創り出すことにより、出荷までの期間を半分に短縮でき、ひいては餌代を4割減らすことができるといいます。しかし、ゲノム編集については、食の安全性への懸念や生態系への影響を心配する声が根強く有り、安全に生産し、安心して消費できるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

日本は島国であることから、また宗教上の理由からも、肉よりも魚を多く食べるという食生活が続いていました。しかし、2010年頃からこの消費割合は逆転してしまいました。 日本人1人が 1年間に食べる量を1989年と2021年で比較してみると、魚介類は約4割減少して約23㎏、肉類は約3割増加して約34kgとなっています。これは日本人全体の食生活が洋風化してきたことに加え、漁獲量の減少により総じて魚の価格が上昇していることも影響していると推測されます。牛肉の輸入自由化以降、魚よりも肉の方が輸入によって価格が抑えられている面が大きいのかもしれません。

では、国内の畜産業の未来は明るいかというと、前述の魚の養殖と同様に家畜を飼育するためのコストは年々高騰しています。特に牛は他の動物より多量に飼料を食べます。家畜が1kg成長するのに必要な穀物の量を比較すると、豚が7kg、にわとりが4kgであるのに対し、牛は11kgも必要になるのだそうです。

国内の畜産業が、飼料の確保や採算、その他の環境対応に課題を抱える中で植物を原料とした「代替肉」に取り組む企業も増えてきました。大豆ミートを扱う大手スーパーの中には、過去3年間で販売量を約3倍伸ばしているところもあります。肉の脂の組成までが大豆肉で再現できるそうです。

一方、本物の肉の細胞を育てて増やす「培養肉」の研究も、商品化へ向けて進んでいます。決まった形がないので、3Dプリンターを応用して成形するといいます。東京大学と共同で「培養ステーキ肉」に取り組む企業や、「培養フォアグラ」を年内に生産を始める企業もあります。

沼隈町に今春スタートした「常石ともに学園」では1学期、「昆虫食プロジェクト」に取り組みました。最初に「コオロギせんべい」と「コオロギチョコ」に挑戦。そして長野県の郷土料理である「イナゴの甘露煮」を食べたのだそうです。単にネットや人から聞いただけの情報とは違い、実際に食べて分かった味や感触は貴重な体験になります。そして興味の幅が大きく広がったことでしょう。この「昆虫食」も今後のたんぱく源として期待されています。遠くない未来に多くの日本人がお世話になることがあるのかもしれません。

国際情勢の緊張化により、ウクライナの黒土地帯の代表的な作物である小麦をはじめとする食糧問題がにわかにクローズアップされましたが、国連の予測によれば世界の人口は年内に80億人に達し、2050年には97億人にまで増えることが見込まれており、これからの食糧争奪戦は激しさを増すばかりでしょう。一方、日本の食糧自給率は38%で、先進国で最低の水準です。食を支える漁業従事者や農業従事者は、今や「絶滅危惧種」のような存在になっています。さらに高齢化が進み、今後10年間でコメ農家は半減してしまうのではないかと懸念されています。日々の生活を不安なく送れることで、私たちの危機意識は鈍感になっているのかもしれません。毎日のように国際紛争や世界各地の異常気象が報じられる中、私たちは身の回りの食糧問題やエネルギー問題にもっと関心を持ち、もっと敏感にならなければならないのかもしれません。

福山城