蔵王山柊と

人工光合成

車で移動中にたまたま聞いていたラジオから、ある学者のインタビューが流れていました。「人工光合成でデンプンなどの高分子の有機物をつくるのはまだまだ難しいが、エタノールなどの比較的簡単な構造の有機物をつくることは可能である」といった内容でした。そして「これからのエネルギーの主役になるのは水素だ」とも。興味をそそられ調べてみました。文部科学省が昨年6月にまとめた「科学技術白書」の未来予測特集によると、2040年の社会でエネルギー技術の目玉となりそうなのが「人工光合成」であるといいます。

「光合成」というと、「植物が大気中から二酸化炭素を取り込み、根から水を吸い、葉などの細胞の中にある葉緑体で太陽光のエネルギーを使ってデンプンなどの炭水化物(有機物)をつくり、酸素を出すはたらき」だと、小学生の頃から学んできました。動物は光合成ができないため、有機物を食べることによって摂取し、それを分解する過程において出てくるエネルギーを活動の源にしているわけです。

この光合成の原料となる二酸化炭素(CO₂)の収支は一定で、太古から続く大気濃度のバランスは安定的なものでしたが、18世紀半ばに産業革命が起こりました。人類の繁栄は目覚ましいものでしたが、その牽引役となったエネルギーは、光合成によって生成された有機物が長年地中に蓄えられたもの、すなわち化石燃料の燃焼に依存するものであったわけです。その結果発生するCO₂の量は、植物の光合成による消費量をはるかに超え、CO₂濃度が高まり、地球温暖化を引き起こしてきたというのは周知の事実です。

そしてこの温室効果ガスCO₂削減へ向けて、最近になって世界がやっと動き出したというところでしょうか。日本でも菅首相が昨年10月の所信表明演説の中で、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること(カーボンニュートラル)を宣言しました。すでにEU諸国をはじめ世界122の国と地域が「2050年実質ゼロ」を目標に掲げていただけに、やっと世界と同じラインに追いついたばかりです。問題はこのカーボンニュートラルを実現するための具体策です。太陽光、風力、地熱、バイオマスといった再生可能エネルギーを増やすことがいわれてきましたが、現状では化石燃料依存度が85.5%(2018年度)もあり、抜本的なエネルギー革命が必要です。

そこで期待される方策の一つが人工光合成です。人工光合成では、太陽光の多くを占める可視光を使い、水を原料にして、光のエネルギーを化学エネルギーに変えて役立つ物質を作ります。植物では葉緑体で光合成が行われますが、人工光合成ではそれ自体は変化せず他の物質の反応を促す物質「光触媒」を活用します。作り出す物質も、植物の光合成では炭水化物ですが、人工光合成では水素や過酸化水素、一酸化炭素のような別の物質になります。現在太陽光を効率よく吸収することではたらく光触媒の性能を高める研究が続けられています。 植物の太陽光エネルギー変換効率は1%未満ですが、人工光合成では実験レベルながらすでに1%強に達しており、2030年までには、太陽光パネルと同じレベルの10%が見込まれています。そうなると、電気よりも貯蔵しやすい水素を作って燃料電池で利用したり、二酸化炭素と反応させてプラスチックや薬品の原料を生産したりする構想が現実味をおびてきます。石炭の代わりに水素を還元剤として利用した製鉄所の年内稼働が報道されたばかりですが、自動車や発電のエネルギー源も大きく変わってきそうです。

この冬は12月下旬以降全国的に厳しい寒さが断続的に続き、メディアを通して電力会社から節電のお願いが繰り返し流れています。私たちが不自由を感じることなく利用しているエネルギーですが、その陰ではギリギリのところで融通し合いながら供給されているという実情があります。画期的な技術の開発と実用化が待たれますが、利用する側の意識と行動も大いに変える必要がありそうです。

白いビオラ