暗記

今年3月下旬の出版からわずか2か月で、発行部数180万部を超えた「うんこ漢字ドリル」のことがよく話題に上ります。その表紙には典型的なその形をした「うんこ先生」が登場し、「うんこ」にからめた例文やイラストが徹底してちりばめられた漢字ドリルです。「不謹慎だ」「最低だ」などという声も聞こえてきそうですが、子どもたちはげらげら笑いながら嬉々としてドリルに取り組むといいます。やはり子どもたちの興味やイメージを引き出しやすいというのが、人気の理由だと考えられます。退屈で単なる作業になってしまいがちな学習に、楽しく取り組むためのヒントがありそうです。

ミニバラ

さて、この時期わが塾の小学5年生の社会の授業では、日本地理に関する小テストを行います。都道府県、主要都市、山地山脈、河川、平野、台地…などの名前を地方ごとに覚えていきます。様々な知識のある大人からすれば、「覚えるだけではないか!」と思われるかもしれませんが、毎年大変苦戦するところです。

小学校の社会科の学習というのは、まず3・4年生で、自分たちが生活する地域の地形、土地利用、公共施設や交通、地域の産業など、身近な事柄について地図の見方をまじえながら学ぶところから始まり、毎日の暮らしに関わる水、電気、ガス、ごみ、病院、消防、警察など、健康で安全なくらしとまちづくりなどに進んでいきます。このあたりまでは、日頃の生活で見かけるものが多く、子どもたちにとってイメージしやすい内容です。ところが4年生の終盤になると、自分たちの暮らす都道府県、47都道府県の名称と位置など、続いて5年生になると、日本の国土全体の地形や気候など自然条件と、地方ごとの特色ある生活、農業、水産業、工業…と急に学習する範囲が広がります。ここで大きな壁にぶつかる子どもたちが少なくありません。身の回りの地域にくらべ、自分の知らない世界のことは想像しにくく、この時期まだ社会性の高くない子どもたちが興味を持ちにくいのは、無理もないように思われます。

しかし、基本的な地理の知識があれば、自分が学習して知ったことに関わるようなニュースや記事をテレビや新聞で見かけると、「どこであった事件なんだろう?」と疑問を持ったり、行ったことがなくても知っている地名であれば映像を見て、「そんなところなのか」などと自分の知識に関連付けてイメージを広げたりすることができます。そのような連鎖を積み重ねていくことが、世の中のことに広く興味を持てる素地を築いていくというのはいうまでもありません。苦手意識がついてしまった分野というのは、思考の扉を閉ざしてしまい、考えることを避けようとする意識がはたらいてしまうものです。何とかしてこの壁を上手く乗り越えてほしいものです。

マツバギク(黄色)

かつてアニメ「ドラえもん」に、「アンキパン(暗記パン)」という秘密の道具が登場したことがあります。本やノートに覚えたい内容があるとき、そのページに食パン状のアンキパンを押し当てるとその部分が転写され、そのアンキパンを食べるとその内容をすっかり覚えられるというもの。何と便利な代物でしょう!ただし、覚えていられるのは、体内にある間だけだということで、このエピソードでは、テストに向けてアンキパンを食べ過ぎたのび太が下痢をおこして、全部排泄してしまい、一から食べ直すはめになるという落ちでした。しっかり後々まで残る知識になるようにしっかり勉強しなければならないという教訓があったわけです。

そもそも人間の記憶はどのくらい保持できるのでしょうか。ドイツの心理学者エビングハウスは実験によって数量的に測定しました。それによると、学習からの経過20分後で保持率58%、1時間後44%、1日後26%、1週間後23%、1か月後21%と、記憶して1日の間に急激な忘却が起こり、その後はゆるやかに忘れていくとのこと。ただしこの実験は、「子音・母音・子音」から成り立つ無意味な音節(rit, nuk, sik, …など)を記憶して行った結果です。ですから覚えようとする言葉に意味があったり、他の事柄とのつながりを持たせたり、覚える作業を反復させたりすることが、長時間記憶を保持させるのに有効であるのは明らかです。

では、具体的にはどうやって覚えればよいのでしょう。地理であれば、「用語を何度も書く」「答えをかくして言ってみる」「地図を書いてみる」…色々ありますが、試行錯誤する中で自分に合った方法を見つけるしかありません。ただ、地理が好きな生徒は、総じて「地図を見ることが好き」である場合が多いように見受けます。小学4年生のときに学校から地図帳を与えられますが、地図帳を見ていると、様々な情報が目に飛び込んできます。それぞれの地域で盛んにつくられている農産物、水産物、名物、工業製品、名所・旧跡などなど。カラーのイラストで描かれていますから、とてもわかりやすくなっています。その産物などについて考えることで、その地域のイメージがふくらんできます。教科書などの文章による説明も、頭の中にある地図上に情報を加えていくという感じでしょうか。ただひたすら用語や数値を覚えようとするのは、一番面白くない勉強法です。その地域の気候や資源などの自然条件が、人々のくらしにどのように結びついて産業を成り立たせているか、そんな有機的な関連性を考えることで面白味が出てくるのだと思われます。一旦基本が備わると、幹から枝が伸び、葉っぱを茂らせるように知識が広がりを持って身についてきます。そのような知識は、消えていくどころか、どんどん厚みをましていき、ますます活用できる力になるはずです。

実は先日、ある中学校の中間考査の社会科の問題でも、全国の都道府県名が出題されました。「今さら」と感じた生徒もいたようですが、地理について学習を進めていく上での重要な基盤であることから、再確認したのでしょう。今身につけようとしている学力は次のステージで、思考を一段と深化させていくための大切な財産になっていきます。知識がつながり広がっていく喜びを楽しみながら取り組んでほしいものです。

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