心の教育と人間力

これまでたびたび議論されてきた道徳の教科化が、小学校では2018年度、中学校では2019年度より始まります。なぜ今、道徳教育なのでしょうか。

戦後、高度経済成長期を経て、日本は大きく変化してきました。近年においても、情報通信技術の発展、グローバル化、少子高齢化の進行など、さまざま変化が見られます。そして、スマートフォン(携帯電話)を持つ中高生の姿を目にするのは、珍しくない時代になりました。その結果、インターネット上の掲示板への書き込みによる誹謗中傷や、ラインやメールでのいじめなど、いわゆる「ネットいじめ」といった、昔はなかった新しい課題が生まれました。そこで情報モラルや情報リテラシーなど、新しい教育の必要性が高まってきました。

道徳の教科化が目指すのは、問題解決や体験的な学習なども取り入れた、「考え、議論する」道徳教育だといいます。「何を知っているか」ではなく「知っていることを使ってどのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」の資質・能力にまで引き上げることが目標となります。現場の教師は今まで以上に多様な授業展開と指導方法の工夫が求められています。また、教科化ということで気になる評価については、数値ではなく記述式で、児童生徒がいかに成長したかを受け止め、励ます、個人内評価にするとのこと。

道徳というのは心の教育であり、「価値観の押しつけになるのではないか」という反対の声もあります。当然のことながら、子どもたちの生活の基盤は家庭にあり、それぞれの家庭が道徳心を育む中心であることは疑いのないことです。しかし、時代が変わり、価値観も多様化する中で、いじめが子どもを自殺に追い込むような重大事件が起きてきたことも事実です。「いじめ防止対策推進法」が成立するなど法整備もありましたが、根本的な心の教育が不可欠ということから、今回の教科化は進められています。ただ、このような道徳性といのは、やはりまわりの大人みんなにも求められることです。子どもに最も影響を与えるのは、大人の後ろ姿です。「子は親の鏡」といいますが、大人自身が、道徳的価値の理解を深め、人間としての自分らしい生き方を主体的に追い求めていくことが求められています。学校、家庭、地域社会すべてが、子どもの道徳性を育むゆりかごです。

さて、そんな心の教育がクローズアップされる一方で、人間力をはかる物差しとして注目されているのが、「非認知能力」というものです。「認知能力」がIQ、学力、記憶力など、ペーパーテストではかり、数値化することがたやすいスキルであるのに対し、「非認知能力」とは、性格や対人的なコミュニケーション能力、向上心など、数値化しにくいスキルです。

☆認知スキル…IQ 学力 記憶力

☆非認知スキル…意欲 思いやり やり抜く力 協調性 自制心 社交性 勤勉性 自尊心 信頼 忍耐力

これまでも「勉強ができるだけでは、世の中渡っていけない」という台詞は、たびたびいわれてきたことですが、学歴社会におけるキャリアの成功には、学力などの「認知能力」が有利であるとして優先されてきたという現実があります。数値で評価しやすかったことが最大の要因かもしれません。しかしながら、幼少期からの学力など「認知能力」だけでは将来の成功にはつながらず、数字としてはあらわれにくい「非認知能力」が将来の学歴や就職、年収など経済的成功に大きく影響しているというのです。シカゴ大学の経済学者ジェームズ・ヘックマン氏は著書『幼児教育の経済学』の中で、幼少期から非認知スキルを培う家庭環境の必要性を説いています。文部科学省でも、「学びに向かう力の育ちと、文字・数・思考の育ちには関連が見られる」として、幼児期から非認知能力を育むことの重要性を強調しています。「非認知能力」ということばが教育界のキーワードとなっているというのは、社会全体がその重要性に改めて気付き始めているということなのでしょう。

何かをやろうと仕向けたとき、子どもから「うざい~」、「だりぃ~」などのことばが発せられるのは要注意です。これらのことばは、「思考停止」=「問題解決能力無し」ということにほかならないからです。当然のことながら、そこで何も行動しなければ、全く進歩はありません。非認知能力が豊かな子どもは、自分自身の意欲で計画を立て、興味を持って取り組み、失敗しても試行錯誤を重ねてより良い方法を見つけ、自らスキルを高めていくことができます。まさに「生きる力」=「人間力」だといえるでしょう。前述のヘックマン氏は幼少期の家庭環境を強調していますが、それは幼少期に限らず、中学・高校・大学と年齢を重ねても、それぞれの時期にふさわしい環境というものがあると考えられます。意欲を持って計画的に行動したり、つらくても忍耐力を持って継続したり、失敗しても自分の力を信じてまたチャレンジしたりするためには、それを後押しする周りの環境も重要です。学習塾も子どもたちを取り巻く環境の一つであることはいうまでもありません。私たちは単に勉強のノウハウを教えるコーチとしてだけでなく、将来の夢に向かって前進する子どもたちのモチベータ―としてもいつも寄りそってまいります。

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