
置き勉
定期考査前ともなると、多くの生徒たちが試験対策で塾にやって来ます。そして質問します。「先生、これ意味がよくわからないんで教えてください。」「教科書には何て説明してある?」「えっ、教科書は学校に置いてます。」「・・・(汗)」 実はこのような場面はめずらしいことではありません。
「置き勉」ということばをご存じでしょうか。宿題で使わない教科書などの勉強道具などを、学校に置いて帰ることをいいます。2019年(令和元年)に始まったGIGAスクール構想により、児童・生徒一人に一台のコンピュータが与えられ、毎日の充電の必要性からも、通学での携行品が一段と重量化しました。これに伴い文部科学省は、2018年9月に「児童生徒の携行品に係る配慮について」という通知で、授業で用いる教科書やその他教材、学用品や体育用品等が過重になることで、身体の健やかな発達に影響が生じかねないとして、正式に「置き勉」を認めました。宿題で使う必要がある場合は、先生がその教科書や教材を明示することによって不要なものは学校に置いておき、通学の負担を軽減することになっています。これは合理的な考え方だと思われますが、いざ必要だと思うときに手元に教科書がないという場合もしばしばあります。定期考査の前には、多くの生徒は自分で判断して教科書を持ち帰り学習していますが、中には冒頭のような例もあるわけです。
そのような生徒に教科書のその単元を見せて、「ここに書いてあるよね」と説明すると、その生徒は初めて見たようなことを言います。学校の授業では、先生によっては教科書をあまり使わないで、プリントや板書で説明する場合があります。すると生徒は教科書をじっくり読んで、自分の言葉として理解するというプロセスを経ないでその単元の学習を終えることになります。そんな場合、わかったつもりでいることについて改めて教科書をよく読んでみると、新しい気付きがあったり、深く理解できたりするものです。現在の教科書は、「ゆとり世代」とよばれた世代が使っていた教科書にくらべ格段に中身が濃くなり、参考書の要素を含むような詳しい内容になっています。そのような教科書を使わないという手はありません。

しかしながら、試験勉強といえば提出物を仕上げることだと勘違いしているのではないかと思われる生徒もいます。学校の先生の立場からすると、出題範囲が理解できているかどうかを確認するためにワーク類を活用して欲しいわけですが、そのような生徒にとって理解は二の次。理解していないのに問題集を解こうとするので、わからないのは当たり前です。その結果、正解を解答欄に丸写しして、そこから丸覚えをするということになります。これでは頭の中に残すのは至難の業です。短期記憶に優れている生徒がテスト本番で正解したとしても、仕組みや成り立ちといった本質的な理解がないので、後には残りません。一夜漬け的な勉強法は入学試験のような広範囲の問題では何も意味を成さないことになるわけです。
入試へ向けての学習も、やはり教科書の理解がまず第一です。中にはもっと難しい応用問題の演習が重要だという意見もあるかもしれませんが、応用問題に取り組むには、基礎基本がきちんと理解されていることが前提条件です。理科や社会のような一般的に暗記科目といわれる教科でも、なぜそうなるのかという仕組みやつながりが理解できているかが問われます。入試問題を作る側も、学校の教科書を見て問題を作っているのです。ですから、中学入試の受験クラスなどでは、塾の授業に小学校の教科書を持ってきて一緒に読み進めるようなこともします。教科書には写真や図や表など様々な情報が掲載されています。その一つひとつが生徒に考えさせる材料で、無駄なものなどありません。その資料からどんな疑問がわいてくるのか、どんなことがわかるのか、どんな理由付けができるのか、といったことを考えていくことが、一番大切な学習プロセスです。
知識や理論を注射のように取り込み、脳内に組み込むことなど不可能です。ICT(情報通信技術)の発展は目覚ましいものがあり、学習ツールも様々なものが開発されていますが、学習の基本は今も昔も変わりません。10月号で、デジタル教科書の導入についてふれましたが、自分の頭で論理的に考える機会を増やすようなものになることが望まれます。生徒のみなさんには、教科書の理解を中心にして、じっくり考える学習を進めることを願っています。









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