八重桜

ライバル

3月に行われた今年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、日本チームが見事に優勝したこともあり、大きな話題となりました。特に興味深く観たのは、日本vsアメリカで行われた決勝戦の最終回、メジャーリーグで同じチームに所属する大谷選手とトラウト選手の最後の対決です。普段はチームの勝利を目指して同じ目標に向かって戦う同僚同士が、真剣勝負の対決相手でした。結果はご存じの通りトラウト選手を空振り三振に取ってゲームセット! 球史に残る名勝負だったといえるでしょう。試合後のインタビューで大谷選手は「人間性も含めて彼のすごさというのを、どれだけ素晴らしいかということをわかっているので、ベストのボールを投げないと抑えられないと思って投げました」と言いました。尊敬し合う同僚であり、ライバルである二人の戦いぶりは見応えがありました。二人はこの試合後同じチームに戻り、またチームメートとなって今シーズンのリーグ戦に臨んでいます。何とさわやかな勝負だったのだろうと感じずにはおれません。スポーツの素晴らしさが存分に感じられる大会でした。

あらためてスポーツの良いところは何かと考えてみると、さまざまなことが思い浮かびます。「健康維持」「ダイエット効果」「ストレス解消」「健康な睡眠の維持」「神経細胞や脳の活性化」…等々、あげればきりがありませんが、精神的な面でのメリットも大きいと考えられます。特に成長期の子どもには精神的な成長を育む要素が多々あるように思われます。

今回のWBCでは、決勝戦に臨むにあたって大谷選手が侍ジャパンのチームメートに、相手チームの名立たるメジャーリーガーたちへの憧れを捨てて戦おうと呼びかけたことが注目されました。勝負事において気持ちで飲まれてしまったのでは、もう半分は負けてしまっているのと同じでしょう。試練に立ち向かうチャレンジ精神や相手に勝ちたいという競争心がなければ、勝負はできません。

菜の花

また試合で負けたとしても、それで終わりではありません。1度や2度の負けで落ち込んでいては、その世界ではまったく向上などできません。負けから学び、次なる戦いへ向けて技能を高めるためにひたむきな努力を積み重ねる必要があります。

プロ野球4球団の監督を歴任した故野村克也氏は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負け無し」としばしば言いました。実はこの言葉は、江戸時代の平戸藩主であった松浦静山が原典だといわれています。「勝ちの中にはどうして勝ったのか、勝因が思い当たらないようなことがあるものだが、負けたときは、負けにつながる必然的な要因があるものだ」ということです。ですから手当たり次第何でも練習をやればいいというわけではなく、自己分析に基づいて、弱点を克服するための工夫や戦術を持って練習することが重要です。そのように考えてみると、スポーツと勉強には共通要素がたくさんあることに気付かされます。そしてそれは社会に出てからもさまざまな試練を乗り越えるための糧になりそうです。

一昔前…といってもつい少し前までは、スポーツの実力強化には精神論や根性論ばかりが強調されて語られていたような気がします。しかし今日では、トレーニングにゲーム的な要素や楽しさを取り入れて、いつの間にか鍛錬が進むような指導が多くみられるように感じます。むろん総合的な実力は、体力や持久力に裏付けされる面も大いにありますから、しんどいことも少なくないかもしれません。そこで、つらいことをいかに楽しくやるかということが、ポイントになります。これは学習においてもまったく同じことがいえます。そのような学習やトレーニングにおいて楽しく頑張る原動力になるのは、やはり競争心です。

では、競争心と何だろうかと考えてみると、「他の人と争うときに発生するやる気」だといえるでしょう。もちろんその競争にはルールがあり、そのルールにしたがって争い、優劣を決めるのです。スポーツでいえば、他の選手やチームより1点でも多く得点をあげたり、少しでも上回る記録を出したりするために頑張るわけです。勉強でいえば、定期テストや学力テストで高得点を取るために努力することになります。スポーツでは争う相手が明確にありますが、勉強の場合もライバルがいることで、より大きな原動力となります。

私たちが生徒に「頑張れ!」と声をかけるよりも、具体的にライバルと競う方がずっとモチベーションが高まります。学習塾の集団指導クラスでは、生徒たちのライバル心をくすぐることで、全体としてレベルを高めていくのが私たちの仕事の一つでもあります。「受験は団体戦だ」といわれるゆえんはそこにあります。

最近の学校の運動会では順位を決めない徒競走というのがあるそうですが、世界から競争を無くすことはできません。小さいころから子どもなりの競争マインドを育てることは大切です。それは決して「勝負の厳しさを教える」といった、スパルタ的なものではなく、ゲーム感覚で楽しく争うところから、競争することの面白さを育むのが望ましいと思われます。それはゲームそのものでも良いでしょう。ただし、それはテレビゲームや携帯ゲームのようなデジタルのゲームではありません。トランプや将棋やチェスなどのボードゲームなど、知的な遊びからスタートして、競争を楽しめる精神を育てたいものです。

生徒たちがライバルと切磋琢磨して、今よりもっともっと高みを目指してくれることを願っています。

漁船