ツバキ

持続可能な世の中

昨年の広島県公立高校入試、社会の入試問題にSDGs(SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS)に関する問題が出されました。「持続可能な社会を目指して、自分たちにできることを考える」というテーマのもと、班ごとに分かれて学習したという設定です。その問題では、「アフリカの『安全な水とトイレを世界中に』という目標を達成するためには、貧困をなくすことが不可欠である」ことの理由を考えるというものでした。今や教育界にもSDGsを題材とした問題が花盛りです。

先日笠岡市の干拓地を通りかかったとき、体育館をもっと大きくしたような巨大な建造物があることに気付きました。後で調べてみると「サラファーム笠岡」という植物工場です。周辺には広大な耕作地が有り余るほどあるわけですから、露地栽培の方がコスト面でメリットがあるのではないかと、素人は考えてしまうのですが、既成概念を覆すような新しい農業を目指しているといいます。

サラファーム笠岡は2019年に操業開始。河川などの公共工事で生じた木質チップの燃焼により発生させた蒸気でタービンを回し発電を行い、その電力の1割は栽培から収穫・パッキングまでの作業機器の電動化に利用。残り9割は電力会社を通じて地域に供給されます。またその際生じた蒸気の一部を使い、夏は冷水を作り冷房に、冬は温水を作り暖房に活用。さらに、木質チップが燃える際に発生する二酸化炭素を野菜の光合成を促進させるために使います。また病害虫の防除にIPM(Integrated Pest Management 総合的病害虫・雑草管理)に取り組むことで、農薬の使用を最小限にする栽培を実現しています。もうこうなると一石二鳥どころではありません。生産される野菜の年間出荷量はプラムトマト1,600㌧、パプリカ800㌧、リーフレタス1,300㌧程度を見込んでいます。

このファームの取り組みは、SDGsに掲げられる17の目標の内、4つを実践するものです。

SDGs

目標 2  飢餓を終わらせ、食料安全保障および栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する。

目標 7 すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する。

目標13 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。

目標15 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処並びに土地の劣化の阻止、回復及び生物多様性の損失を阻止する。

 

地球温暖化を止めるため、目標13に世界中が取り組んでいます。このファームで燃焼させる木質チップはバイオマス資源の一つです。バイオマスとは生物資源(bio)の量(mass)を表す言葉で、木質バイオマスとは、森林の間伐材や廃材など木々から生まれた生物資源の総称です。光合成によりCO₂を吸収して成長したバイオマス資源を燃やしてCO₂が生じても、それは元々大気中にあったCO₂と見なせるので、温室効果ガスを増やすことにはならず、カーボンニュートラルを実現できるわけです。このように使い道のなくなった生物資源を活用することは、地域の農林水産業の維持発展にもつながり、循環型社会に貢献していきます。国内の消費エネルギーの8割以上は石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料です。化石燃料への依存から脱却しなければ、地球温暖化を止めることはできないでしょう。世界が取り組む自動車のEV化も、電気自動車を作るだけでなく、それを走らせるための電気をどうやってつくり出すのかが論じられなければ、本当の意味での解決策とはなりません。

茅葺き民家

このファームについて調べる中で思い浮かぶのは、日本の原風景ともいえる里山の景色です。風呂を焚くのも、かまどでご飯を炊くのも薪が燃料です。焚き付けには着火しやすい松や杉の葉を使います。囲炉裏や火鉢で暖をとるのも薪や炭です。それらの燃料はすべて近隣の山が供給してくれたものです。よく考えてみれば、日本人の暮らしは再生可能エネルギーである木質バイオマスで成り立つ日常だったわけです。例年小学6年生の生徒たちと訪れる県立風土記の丘ミュージアムには、移築された茅葺き屋根の昔ながらの農家の家があります。家の建築材料は当然のことながら何もかも自然にあるものばかりです。かまどや囲炉裏があり、土間には石うすと足踏みの杵があります。昨年春に訪れた6年生たちは、火を起こすところから悪戦苦闘しながら薪でご飯を炊き、やっとの思いで昼食にありつきました。スイッチ一つで美味しいご飯が食べられるのとは、大きな違いだということが身を持って感じられる体験だったにちがいありません。

前述の『安全な水とトイレ』に関する入試問題では、江戸時代の江戸の町でし尿(下肥)がどのように処理されていたかについても取り上げていました。下肥は業者に買い取られ、都市部から農村へ運ばれて田畑の土に返され、作物の肥料になるというリサイクルシステムが確立され、環境衛生が守られていたのです。おかげで赤痢など皆無で、訪れた外国人も清潔さに驚いたとのこと。日本では循環型社会というものが古くから根付いていたわけです。

人類が文明を発展させていく中で引き起こした環境問題やエネルギー問題ですが、様々なことが複合的に絡み合い、解決するのは容易なことではありません。しかし、近代になるまでは循環型社会がずっと営まれてきたのです。温故知新、過去から学ぶべきことも少なくないのかもしれません。英知を結集して、科学が見過ごしてきたことに光を当てなければなりません。

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