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福山を驚かそう

6月下旬のある日、近所のスーパーで卒業生の一人S君に偶然出会いました。彼は高校を卒業後、大手電機メーカーに就職され今年で14年目になるとのこと。年月の経つ早さを感じずにはおれません。奥さんが出産されたばかりで、しばらく育児休暇をとってお世話をされているところだとのこと。小学校低学年の頃からの姿を知るだけに、家庭を持たれるまでに立派に成長されたことは大変感慨深いものがあります。彼は小さい頃から野球少年で、高校からは甲子園を目指して総合技術高校へ進学されたのでした。野球部と言えば朝練など当然あります。福山から三原(本郷)まで毎日早起きして通うだけでも大変だっただろうと思われますが、当時甲子園出場も果たし、県内から良い選手が集まっていただけに、しのぎを削りながらの競争の日々はさらに厳しいものだったにちがいありません。残念ながら彼の在学中に甲子園出場はかなうことはありませんでしたが、当時の厳しくも楽しい3年間の経験を現在も糧にしている様子でした。そして話題は自然と、当時の恩師であり、今春から市立福山高校の監督に就かれた小田浩先生のことに。S君が在学中に野球部の指導からは離れられ、それが今年15年ぶりに高校野球に復帰されたということに驚いていました。

6月開催の「中高進学フェア」での市立福山の首脳陣との会話でも、野球部のことが話題になりました。小田先生は複数の学校長を歴任されてきたという経緯もあり、文武両道の指導という教育方針や福山市立の高校としての使命をよく理解されており、上手くマッチした形で野球部の指導をしていただいているとのことでした。「実力的にも今年の夏は期待しているんですけどね!」とおっしゃった教頭先生の言葉がとても印象的でした。

そしてその小田監督率いる市立福山高校は順調に広島県大会を勝ち上がり、決勝戦は21年ぶりという広島商業高校との公立校同士の対決。県内の高校野球ファンのもっぱらの下馬評では、「広商の楽勝だろう」という声が圧倒的多数でした。ところが、その予想を覆して甲子園初出場を見事に実現してくれたのでした。「福山を驚かそう」という合言葉の通り、いえいえ、地元福山市民だけでなく、広島県民みんなを驚かせる快挙でした。

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今回の市立福山高校の甲子園出場という活躍の陰には、広島の高校野球界をリードしてきた名将迫田守昭氏を監督として招へいしたり、練習場所の充実のために資金を投入するなどして整備を進めてきたことで、その練習環境を求めて野球少年が集まってきていたということが大きな背景としてありました。

しかしながら、私立の強豪校のように他県からの野球留学など一切ありません。地元福山の生徒たちを中心にしてつくられた地元のチームだったわけです。ただ、順調にチーム作りが進んだわけでもありませんでした。チームの土台を作り上げた迫田監督が健康上の理由から昨年途中辞任。急きょコーチだった長門功先生が監督に代わります。そして今年度には3月に竹原高校の校長を退任したばかりの小田先生が監督に就かれたのです。

それまでの市立福山は、夏の大会において30年間で8勝しかしていなかったそうです。つい7年前の2019年の秋季広島県大会では尾道東高校との連合チームでの出場を余儀なくされ、県大会に出場できましたが1回戦でこれまた連合チームの向原高・上下高に5-18でコールド負けを喫しています。そんな弱小チームがこんな短期間に甲子園出場を遂げるとは、どんな魔法を使ったのだろうと思ってしまいます。

しかし、小田監督が就任してすぐに練習試合で5連敗。今年の春季大会では2回戦コールド負け。そこから小田監督による意識改革が始まります。夏まで3カ月という短い期間で変えられるとすれば考え方だということで、野球のプレーについて予測とアプローチの仕方を複数持てるようになったそうです。小田監督は「もしも夏に君たちが優勝したら、福山市も広島県もひっくり返るだろうね。でも、世間がびっくりしても俺は驚かないよ」そして6月頃には練習試合で県内の強豪校にも勝てるようになっていったといいます。

全国のメディアは「普通の公立高校が甲子園出場を果たした」と報道しました。選手たちは福山駅での壮行式を終え、新幹線に乗って席に座った途端に参考書などを開き勉強を始めたといいます。広島県大会の決勝戦の時も、前後して3年生は模擬試験がありました。すべて普段通りだったようです。

そして甲子園の本番は古豪天理高校との対戦となりました。4回にホームランで先制点を取られましたが中盤までは強豪相手に一歩も引かぬ接戦。後半突き放されますが、8回に2点を返して一矢報いました。最終的に2-7で敗退しましたが、随所で攻守を連発するなど堂々とした戦いぶりでした。

アルプススタンドには福山や全国から関係者が駆け付け、総勢2500人の大応援団となりました。応援のやり方は出場経験のある他校から学び、当日まで、また当日のバスの中でも応援練習をしたそうです。また吹奏楽部は当日、県の吹奏楽コンクールと重なっていたため、午前中広島でのコンクールを終え、楽器をかついで新幹線で甲子園に駆け付けました。本能寺の変直後の『秀吉の中国大返し』ならぬ、『令和の中国大返し』との声も上がりました。テレビで見た限り、今年の夏の甲子園で一番の応援だったと感じました。また福山市内11か所のパブリックビューイングでも多くの市民が声援を送るなどし、福山市民みんなの甲子園となりました。

すべては2022年の迫田監督就任から始まっているのですが、現場の指導者の功績はもちろんのこと、学校関係者をはじめとしたオール福山でバックアップしてきたことの成果だと思われます。ある意味で理想的な部活の姿を見たように感じました。我が塾の卒業生も現在野球部に在籍中で、新チームでの活躍を目指して野球に勉強にと日々奮闘しているところだと思います。また爽やかな戦いを見せてくれることを期待しています。

白い百日紅