
小6生野外学習会
今年の梅雨はよく雨が降りました。そんな梅雨のまだ明けぬ7月上旬の日曜日、今年も6年生の生徒たちと野外学習会に出かけました。小学6年生の社会科の学習は公民分野から始まり、6月中旬頃から歴史分野に入ります。塾での学習も、旧石器時代の人々の暮らしから日本列島の成立、縄文時代から弥生時代、そして古墳時代から飛鳥・奈良時代の中央集権国家の成り立ちのあたりまで進んだところです。
「みよし風土記の丘」は、そのような原始時代から古代の日本の歴史を検証する資料が数多く展示される歴史民俗資料館と、中国地方最大級の古墳群である「浄楽寺・七ツ塚古墳群」を中心とする約30ヘクタールの地域を広域的に保存する県立の公園です。
到着後まずは、昼食でいただくご飯の下準備でお米を研いでおきます。お米を一粒たりとも無駄にしないように慎重に研ぎ汁を流します。おかずはみんな家から持って来ていますが、炊飯に失敗したらご飯にありつけないということもあり、みんな真剣です。

下準備が完了後は博物館の見学です。学芸員の方から色々なクイズが出されます。大昔の人々の暮らしを思い浮かべながら、自分なりに推理して答えていきます。古代の人々は「どのような目的でこのような道具をつくったのだろう?」「どうやってこのような高度な技術に裏付けされた道具をつくることができたのだろうか?」遥か遠い昔の人々の暮らしに思いを馳せます。考えれば考えるほど不思議や疑問がいっぱいです。ある金属加工メーカーの社長さんが来られて言われるには、「青銅を鋳造してあの薄さの銅鐸をつくる技術というのは、今の時代でもまねできないような高度なもの」なのだそうです。
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学芸員さんの解説を聞いていると「…と考えられています」という言い方が非常に多いことに気付きます。「だって見てきた人がいるわけではありませんからね」 なるほど、考古学というのは、残されている物からさまざまなことを推測する学問だということがわかります。まるで名探偵コナンになったように推理するわけです。
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さて昼食のご飯は自分たちで炊きます。その火も自分たちでつくります。まずは木の棒を手できりもみして板と摩擦させます。でも、この方法では少し熱くなる程度で火を起こすには無理がありそうです。そこで登場したのが「まいぎり式火起こし器」です。「火きり棒」に巻き付けたひもとつながっている「火きり弓」を上下に勢いよく動かすと、「火きり棒」が回転しての先から煙が出始めます。火種が大きくなったと判断したら、素早く藻草に火を移し、竹筒を吹いて空気を送り込み、松葉に火を移します。再現された弥生土器での炊飯は、最後のプロセスで熾火(おきび)となった炭火の上で土器をゴロゴロと転がします。発掘された土器の内側に残った焦げ跡から推測された炊飯方法なのだそうです。現代の常識とは異なり、側面から加熱していたというのです。さてご飯の出来はというと、土器、土鍋、羽釜それぞれの特徴が出ていたようですが、どれも美味しく炊けていました。
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昼食の後、それぞれが七夕の短冊に願いを書いて、笹竹に結び付けました。みんなどんな願いを書いたのでしょう。
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そして午後は風土記の丘公園の探索です。世羅町から移築されたという大きな茅葺屋根の家は、すごい迫力です。広い間口の縁側は、冠婚葬祭のすべてを自宅で行っていた昔の生活には、なくてはならないものだったようです。
続いて林の中のけもの道を抜けていくと、そこは古墳が密集して並ぶ「七ツ塚古墳群」です。円墳、方墳、帆立貝型古墳、前方後円墳の合計60基もの古墳がなぜこの地につくられたのでしょう。
前方後円墳では、「どちらが前でどちらが後ろ」なのかのクイズです。意外にも正解者はわずか。「牛車(ぎっしゃ)」になぞらえられているのですが、牛が豪族を乗せた車を引くということなので、牛がいる方つまり方墳の方が前、石室のある円墳の方が後ろ、つまり名前の通りなのでした(笑)。

最後に、再現された竪穴住居や高床倉庫にも入りました。竪穴住居は地面を掘り下げてありますから、梅雨時ということもあり、じめっとした湿気を感じたようです。一方高床倉庫は気温の割に涼しさが感じられたでしょう。自ら五感で感じた体験は、いつまでも生き生きとした記憶として残るのではないかと思います。そんな実体験をたくさん重ねていって欲しいと願っています。
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